第6章 何も起きないことが、成果だった

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回し続けるという、静かな仕事

クラウド環境が安定して稼働するようになってから、社内でITの話題が出ることは、目に見えて減った。

以前は、「遅い」「つながらない」「動かない」そんな言葉が、日常的に飛び交っていた。今は違う。システムは動いている。業務も止まらない。だが、その状態が続くほど、別の違和感が芽生え始めていた。

――これは、本当にうまくいっているのだろうか。

トラブルがない。問い合わせも少ない。会議でITの話題が出ることもない。それは、本来望ましい状態のはずだ。だが、「何も起きない」という状態は、評価されにくい。誰かに褒められるわけでもなく、成果として報告しにくい。私自身、
「今の運用で合っているのか」確信を持てずにいた。
クラウド運用が軌道に乗るにつれ、私の仕事は、目に見えにくいものになっていった。ログを定期的に確認する。利用状況を振り返る。アラート設定が適切か見直す。どれも地味だ。一日で劇的な変化が起きるわけでもない。だが、こうした積み重ねがなければ、「何も起きない状態」は維持できない。
運用とは、変化を起こす仕事ではなく、状態を保ち続ける仕事なのだと、少しずつ理解していった。

以前の私は、「分かっている人」だった。

トラブルが起きれば対応し、なんとか復旧させる。だが、それでは不十分だった。今は、なぜその対応をしたのか、どの状態を正常と判断しているのか、言葉にして説明する必要がある。月に一度、簡単な振り返りの時間を設けた。先月、何が起きたか。起きなかったのはなぜか。次に気をつけることは何か。
それを整理するだけで、漠然とした不安は、少しずつ形を持ち始めた。

運用と聞くと、監視やチェック、厳しい管理を想像しがちだ。
だが、実際に必要だったのは、「安心して放っておける状態」を作ることだった。すべてを常に監視する必要はない。だが、異変があれば気づけるようにしておく。それだけで、心の余裕は大きく変わった。

クラウド移行から一年が経った。

月曜日の朝、
いつも通り少し早く出社する。だが、以前ほどの緊張感はない。事務所の照明をつけ、パソコンを立ち上げる。特に問題は起きていない。それを確認して、コーヒーを一口飲む。
この「何も起きない朝」を守ることが、自分の仕事なのだと、ようやく胸を張って言えるようになった。