第8章 それでも、クラウドを選ぶ理由

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Not the right answer, but the choice to keep thinking

クラウド移行を振り返ってみても、胸を張って「成功した」と言い切れる瞬間は、実はあまりない。大きなトラブルが起きたわけでもない。劇的に業務が楽になったわけでもない。
経営会議で称賛されたこともなければ、誰かに感謝された覚えも、正直ほとんどない。
それでも、一年が経った今、私は「この選択は間違っていなかった」と思っている。理由は、とても地味だ。
朝、少し早く出社しても、以前ほどの緊張感がない。パソコンを立ち上げ、特に問題が起きていないことを確認し、コーヒーを飲む。それだけのことだ。
だが、あの二年前の冬を思い出すと、この「何も起きない朝」が、どれほど貴重なものか、よく分かる。

この物語を通じて、一つだけはっきりしたことがある。クラウドは、答えではない。

クラウドを使えば解決する。
クラウドにすれば楽になる。

そんな単純な話ではなかった。むしろクラウドは、次々と問いを投げかけてくる存在だった。

なぜ、移行するのか。
何を優先するのか。
誰が判断するのか。
どこまで自由にするのか。
どうやって回し続けるのか。

それらの問いに向き合うことを、避けさせてはくれなかった。

人も、時間も、予算も限られている。中小企業では、「全部ちゃんとやる」ことはできない。だからこそ、考える順番が重要だった。

何を後回しにするのか。
何を今はやらないのか。
誰が引き受けるのか。

それらを言葉にせず、流れに任せてしまえば、ITはまた「分からない箱」になる。一度そうなってしまえば、現場は静かに疲弊していく。

この物語が伝えたかったこと

ITは変わり続ける。クラウドも進化し続ける。だから、この物語に「完結」はない。考え続ける限り、
この物語は終わらない。

だが、一人で抱え込む必要もない。言葉にし、共有し、判断を分け合える状態を作れたなら、ITは敵ではなくなる。この物語が、誰かが次の一歩を考える小さなきっかけになれば、それで十分だ。

それでも、私たちはクラウドを選ぶ。答えを求めるためではなく、考え続けるために。