第3章 何を移すか、決められますか
表示言語 (Display language)
「全部大事」という言葉の裏側で

何をクラウドに移すのか
クラウド導入を検討すると決めたあと、次に待っていたのは、もっと現実的で、そしてずっと厄介な問いだった。言葉にしてしまえば簡単だが、この問いに真正面から向き合うことは、思っていた以上に重かった。
まずは棚卸しから始めることになった。
業務システム、ファイルサーバー、Excelで作られた管理表、Accessで組まれた小さなデータベース。一覧にしてみると、想像以上に多くのシステムが並んだ。
どれも派手ではない。だが、どれも日々の業務を静かに支えている。
一つでも止まれば、誰かの仕事が確実に滞る。現場に話を聞くと、返ってくる言葉は決まっていた。
「それ、止まると困ります」
経理担当の同僚は、システムの仕組みを詳しく理解しているわけではない。
ただ、月末に入力できなければ、残業が増えることだけはよく知っている。
営業部門も同じだ。
受注管理の仕組みが止まれば、顧客対応ができなくなる。
どの意見も正しい。だからこそ、私は決められなくなっていた。
「全部大事ですよね」
誰かがそう言ったとき、その言葉に、一瞬だけ救われた気がした。

逃げ場になっていた言葉
全部大事。だから全部やる。あるいは、全部そのままにする。
その言葉は、判断を先延ばしにするための都合の良い逃げ道にもなっていた。だが、ふと立ち止まって考えた。
「全部大事だと言い切ったとき」、「もし全部守れなかったら」、「その責任は誰が取るのだろうか」。二年前の障害が頭をよぎる。あのときも、止まったのは「全部大事」なシステムだった。結局、誰も全体を説明できず、私自身も言葉を持たなかった。
そう思いながら、私は一覧表を三つに分けた。
・最優先。
・次でいい。
・今回はやらない。
その列に何かを書き込もうとしたとき、手が止まった。それは、単なる技術的な判断ではない。誰かの業務を、今は守らないと決める行為だった。現場の顔が浮かぶ。

計画とは選択だと知る
「それ、止まると困るんです」
そう言われたときの表情が、頭から離れなかった。それでも、選ばなければならない。すべてを一度に守ることはできない。中小企業の限られた人員と時間では、なおさらだ。私は自分に言い聞かせるように、キーボードを叩いた。
最優先に入れるもの
業務が止まるだけでなく、顧客や取引先への影響が大きいもの。
次でいいもの
止まれば不便だが、代替手段が残っているもの。
今回はやらないもの
今すぐでなくても、致命的な影響が出ないもの。
決め終えたあと、胸の奥に重たいものが残った。だが同時に、視界が少しだけ整理された感覚もあった。このとき、私はようやく理解し始めていたのだと思う。
計画とは、完璧な計画書を作ることではない。すべてを網羅することでもない。
限られた前提の中で、何を優先し、何を後回しにするかを、言葉にして合意することなのだと。
「全部大事」という言葉を手放すことは、怖い。だが、それを手放さなければ、
次には進めない。選んだことで、初めて見えてくる課題もある。そして、次に問われるのは、「選んだものを、どう作るか」という問題だった。
