第5章 自由には、代償がある
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増えたのは、システムではなく“曖昧さ”だった

線を引かなかったことで見えてきた現実
クラウドを使い始めてしばらく経った頃、私はふと、請求書の数字に目が止まった。大きく跳ね上がったわけではない。だが、以前より確実に増えている。
「何に使った分なんだろう」
その問いに、すぐ答えられなかった。すぐ対応すべきものなのか」、「様子を見ていいのか」迷う時間が増えた。クラウドは、必要なときに、必要なだけ使る。それは大きな魅力だ。だが、その自由さは、裏返せば「境界が見えにくい」ということでもある。
いつの間にか増えていた検証環境。目的が分からなくなったストレージ。誰が作ったのか、なぜ残っているのか、説明できないリソース。それらは、悪意によって作られたものではない。どれも「必要そうだったから」「とりあえず」で作られたものだ。
オンプレミス時代なら、サーバーを一台増やすだけでも稟議や調整が必要だった。クラウドでは、その“摩擦”がなくなる。その結果、判断を立ち止まらせる仕組みも、同時に消えていた。

誰も悪くないのに、説明できない
請求の内訳を追いながら、私は何度も関係者に確認した。
「この環境、今も使っていますか」
「いつまで残す予定でしたか」
返ってくる答えは、決して無責任なものではない。
「たしか検証用で…」
「将来使うかもしれなくて…」
どれも、その時点では正しい判断だった。だが、それを束ねるルールがなかった。結果として、誰も悪くないのに、誰も説明できない状態が生まれていた。ルールを決めようとすると、必ず出てくる声がある。
「そこまで厳しくしなくてもいいのでは」
「現場の自由がなくなるのでは」
私自身も、そう思っていた。クラウドは自由であるべきだ。制約を増やせば、せっかくの利点を潰してしまう。だが、現実は逆だった。線を引かない自由は、判断の負担を、静かに現場へ押し付けていた。

ガバナンスは、縛るためではなく守るためにある
結局、最低限のルールを決めることになった。
目的が分からない環境は作らない。作るときは、期限と責任者を明記する。定期的に棚卸しを行う
どれも、特別なことではない。だが、それらを言葉にし、共有したことで、初めて「判断の基準」が生まれた。自由を奪うためではない。説明できる自由を残すためだった。
ガバナンスと聞くと、管理、統制、制限といった堅い言葉が浮かぶ。だが、現場で必要だったのは、抑え込むことではなかった。迷わずに済む状態を作ること。線を引くことで判断が軽くなり、責任の所在が明確になる。そのことを、ようやく実感できた。
コラム:「線を引かなかったことで、何が起きたのか」
クラウドの自由さは、中小企業にとって大きな武器になる。だが、線を引かなかった自由は、静かに混乱を育てていく。以下は、Governを後回しにしたことで現場が疲弊した国内事例である。
- 事例①
- 事例②
- 事例③
- 事例④
検証環境が増え続け、誰も止められなかった
従業員約60名のITベンチャーでは、検証用に作ったクラウド環境が整理されないまま増殖。コストが膨らみ、経営層から説明を求められたが、用途を説明できず信頼を損ねた。
止めるルールがなければ、増える一方になる。
命名ルールがなく、管理画面が読めなくなった
製造業(約140名)では、リソース名が担当者ごとにバラバラで、障害時に対象特定が遅れた。技術力よりも、整理の欠如が復旧を遅らせた。
Governは、現場の判断速度を左右する。
予算管理を曖昧にしたまま、使い続けてしまった
サービス業では、部門ごとの利用量を把握しないままクラウドを利用。コスト増加の原因が特定できず、最終的に一律制限をかける事態となった。
最初から線を引いていれば、自由は守れた。
「信頼して任せる」が、責任不明確を生んだ
卸売業(約120名)では、現場判断を尊重するあまり、クラウド利用の責任範囲を定めなかった。結果、障害時に判断が遅れ、現場と管理部門の関係が悪化した。
Governは、不信ではなく信頼を成立させるために必要だった。
